東京地方裁判所 昭和44年(借チ)1035号 決定
〔主文〕1、申立人が、別紙目録(一)記載の土地上にある同目録(二)1記載の建物のうち西側34.71平方米を収去し、そのあとに同目録(三)記載の建物を建築することを許可する。
2、申立人は、相手方に対し、金一二六万円の支払をせよ。
〔理由〕(申立の要旨)
1、申立人は、相手方から、昭和二二年五月頃別紙目録記載(一)の土地合計二五七坪六合(以下本件土地という。)を建物所有の目的で、種類構造の定めなく、期間を定めずに賃貸し、賃料は、昭和四四年四月一日以降一ケ月二万七、〇四八円(坪一〇五円)である。
2、右賃貸借契約には一切の増改築を禁止する旨の特約がある。
3、申立人は、本件土地上に、別紙目録(二)記載の建物三棟を有しているが、そのうち1記載の建物(以下本件建物という。)の西側34.71平方米を収去し、そのあとに同目録(三)記載の建物を建築したいと思うが、相手方の承諾が得られないので、賃貸人の承諾に代わる許可の裁判を求める。
(決定理由)
本件の資料によれば、申立の要旨として掲げた1ないし3の事実のほか、本件改築は、建築基準法上適法にして、土地の通常の利用上も相当と認められるので、本件申立は、これを許可すべきである。
借地法第八条ノ二第三項は、増改築許可の裁判を為す場合において、当事者間の利益の衡平を図る為必要あるときは、財産上の給付その他の附随処分を為すことができる旨規定している。ここにいう当事者間の利益の衡平を図るとは、いかなる意味であろうか。本件改築により借地上建物の耐用年数が延長されることは明らかであり、このことは、建物の朽廃による借地権の消滅時期が延びることを意味する。このように借地権の消滅時期が延びることは、借地人にとつては利益であるが、賃貸人は、借地権の存在により土地所有権が制約を受ける期間が伸長されるため、本件の改築がなかつたならば従前の建物の朽廃による借地権の消滅により得べかりし利益を喪うなどの不利益を蒙り、当事者の利害が対立するばかりでなく、借地人としては、本件改築の結果、住の快適性、建物利用による収益の面その他において従前以上の利益を享受することも可能となるが、当事者間の利益の衡平を図るとは、増改築が当事者に及ぼす右の如き利益、不利益を調整することであろうか。
借地法第八条ノ二、第九条の二が新設され、しかも借地権の消滅について定めた防火地域内借地権処理法第三条に代わる規定が設けられなかつたことは、独立の財産権としての借地権の保護及び借地権の存続の保障を強化したばかりでなく、更新拒絶により借地権が消滅する場合を除き、借地人の意思に反する借地権消滅の途を閉したものということができる。附随の処分が増改築に伴う賃貸人の不利益を補償する趣旨のものであるとすれば、(一)補償能力のない借地人は、適法な増改築を断念せざるをえないこととなり、法が増改築による借地権の存続を保障したのにかかわらず、借地人の補償能力の有無によつて右保障が左右されるということは衡平を欠くのみならず、防火地域内借地権処理法第三条の如き規定を欠く現行法の下では、補償能力のない借地人は、借地権を他に譲渡するか、建物の朽廃を待つて無償で借地権を喪うかいずれかの途を選ばざるを得ず、前者の場合は、借地権の存続を意図する法の趣旨に反し、後者の場合は、借地権を独立の財産権として保護せんとする法の趣旨に悖ることになるばかりでなく、(二)借地人が補償能力を有しているとしても、賃貸人の不利益を補償することは、場合によつては、借地の所有権を取得するに要する費用以上の出捐をしなければならないという不合理な結果を招くことにもなる。例えば、一〇〇万円の土地があり、借地権価格七〇万円、底地価格三〇万円とする。賃貸人は、借地権が建物の朽廃により消滅すれば、この土地を第三者に賃貸し、借地権設定の対価として七〇万円を入手することができる。しかるに増改築の結果借地権消滅時期が三〇年延びるとすれば、賃貸人は、入手すべかりし七〇万円に対する三〇年間の利息を喪うこととなる。右利息は、利率を年五分とし、単利で計算してさえ一〇五万円(これを一時に支払う場合はホフマン法により中間利息を控除して六三万円余)となる。借地人が借地の所有権を売買によつて取得する場合、代金は、底地価格相当額であるとされているので、借地人が賃貸人の喪失利益を補償すべきものとすれば、借地人としては、底地価格以上の出捐をしても、借地の所有権を取得することができず、借地権を確保するにとどまるに過ぎないということになり、これは明らかに不合理である。(右の例で、借地上建物の朽廃時期が迫つているとしても、借地権価格及び底地価格に変化はない。不動産鑑定の専問家は、法定更新の規定があるため、借地期間の進行にかかわらず借地権割合は下降カーブをとらないというが、それと同じく、借地法第八条ノ二の新設により、建物の老朽化の進行にかかわらず借地権割合は下降カーブをとらないというべきである。)
右のように、当事者間の利益の衡平を図るとは、増改築に伴う当事者の利益、不利益を調整する趣旨であるとは解し難い。とすれば、それは如何なる趣旨であるか。増改築許可の裁判は、申立にかかる増改築にかぎりこれを為しうる権利を賃貸人の意思に反して借地人に付与するものであるから、当事者間の利益の衡平を図るとは、右権利が経済的価値を有する場合にはその価値相応の対価を賃貸人に給付せしめ(財産上の給付の問題)、増改築許可の裁判により借地契約が一部変更されるので、これとの関連において他の借地条件を変更し、その他の処分をすることが相当であるかどうかを考慮することであると解すべきである。
増改築をなしうる権利の価値をどう評価するかは、右権利が付与されたことによる借地権価格の変動を把握することである。借地非訟事件取扱の経験からすると、非堅固建物所有目的の借地権を堅固建物所有目的の借地権に変更する場合、借地権割合は、後者が大で、その差が約一〇%であるというのが鑑定委員会の意見の大勢である。非堅固建物所有目的の借地権といえども、増改築禁止の特約のないものは、土地所有権が借地権の存在によつて制限を受ける期間の点については、堅固建物所有目的の借地権と異らないというべきであるので、右借地権割合の差は厳密にいえば、堅固建物所有目的の借地権と増改築禁止の特約のある非堅固建物所有目的の借地権との比較についていわれるべきであり、従つて、非堅固建物所有目的の借地権にあつても、増改築禁止の特約の有無による借地権割合の差は一〇%程度と考えてよいと思う。本件改築許可の裁判は、本件改築についてのみ増改築禁止の特約を一時的に排除するものにして、右特約の全面的排除ではないので、本件許可の裁判により形成される借地権の価格は、右特約のない価格と右特約のある価格との中間に位置づけられることとなる(もつとも、本件改築が実施された後は、再び増改築禁止の特約の規制を受けることとなるので、借地権価格は旧に復することになるが)。しからば、本件借地権の価格は、本件許可の裁判によりいかほど増加するか。昭和四〇年三月三一日大蔵省令第一五号減価償却資産の耐用年数等に関する省令によると、本件改築せんとする建物が、鉄筋コンクリート造である場合には、その耐用年数は六〇年、本件改築せんとする建物は木造であるので、その耐用年数は二二年であるので、本件土地上に本件建物のみしか存在しない場合には、本件改築をなしうる権利を取得したことによる本件借地権価格の増加分は、本件土地の更地価格の一〇%に六〇分の二を乗じたものと見るのが相当である。ところで、本件土地の建物三棟は、いずれも木造であるので、右大蔵省令によれば、耐用年数は、いずれも二二年であり、鑑定委員会の意見によれば、右三棟のうち別紙目録(二)2記載の建物の建築時期が一番新しく、築後三年を経過しているに過ぎないことが認められるので、大蔵省令による右建物の残存耐用年数は一九年である。この一九年は、本件改築の有無に拘らず本件土地所有権が本件借地権の存在によつて制約を受けるものと考えるべきであるので、本件改築による本件借地権価格の増加は、前記増加分の二二分の三と考うべきである。鑑定委員会の意見によると、本件土地の南側は商業地域、北側は住居地域の指定を受け、右商業地域に属する部分の更地価格を坪一〇八万九、〇〇〇円とし、本件土地を一括利用の場合は住居地域に制約されるので、本件土地の更地価格を右の一〇%減としている。土地の価格につき右意見に従い、前記の方法により、本件改築による本件借地権価格の増加分を計算すると一二六万円(一万円未満四捨五入)となる。よつて、申立人に対し相手方に対する一二六万円の財産上の給付を命ずべく、その余の附随処分をなす要はないものと考える。(小山俊彦)
目録
(一)1東京都新宿区百人町三丁目三一七番一
宅地 534.44平方米(一六一坪六合七勺)
2東京都新宿区百人町三丁目三二〇番一
宅地 647.07平方米(一九五坪七合四勺)
の内317.12平方米(九五坪九合三勺)
(二) 右(一)地上所在
1、家屋番号三一七番三
木造瓦葺平家建医務室兼居宅 一棟
床面積 98.34平方米(二九坪七合五勺)
2、家屋番号三一七番一の一
木造鉄板葺二階建居宅兼店舗 一棟
床面積 一階 69.42平方米
二階 67.74平方米
3、家屋番号三一七番一の二
木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建診療所兼居宅 一棟
床面積 一階 75.42平方米
二階 49.57平方米
(三) 木造モルタル塗鋼板葺二階建居宅 一棟
床面積 一階 45.02平方米
二階 31.40平方米